

- 佐藤知正名誉学長
- 1973年東京大学産業機械工学科卒業。1976年同博士課程修了。東京大学大学院工学系研究科等を経て、現在、東京大学新領域創成科学研究科に所属。東京大学名誉教授。 知的遠隔操縦ロボット、環境型ロボット、地域ロボットなど、知能ロボットの研究に従事。経済産業省が主催する「World Robot Summit」実行委員会委員長を務める。
1.「好きなこと」を仕事にしてほしい。
―東大の名誉教授でもある佐藤先生が「CLARK NEXT Tokyo」の名誉学長を引き受けたのはなぜですか?
これまで大学で多くの学生と接してきましたが、「社会に有益な人材を育てるためにこれからの学びはどうあるべきか」と考えた時、やはり生徒1人ひとりの“好き”という気持ちを伸ばすべきだと思うんです。「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、好きだからこそ興味をもって学べるし、障害があっても乗り越えられる。クラーク国際は好きなことを伸ばせる環境だったんです。
―佐藤先生も子どもの頃からロボットが好きだったんですか?
小学6年生の時に、クラスにモーターが配られたんです。モーターは角度をうまく調節すれば回るのですが、周囲の子たちはなかなかうまくできない。「こうやればいいんだよ」と教えてあげたらみんな喜んでくれて、得意になってメカトロ好きになったんです。ロボットアニメの『鉄人28号』が好きだったこともありますね。
でも、高校生の頃は「数学なんて一体何の役に立つんだ…」と思っていました。数学を学べばこんな技術に役立つ、こんなことができるようになる、とは誰も教えてくれませんでしたから。 だけど、ロボットを動かそうと思ったら数学の知識が必要なんです。例えば、ロボットを3歩前進させ、5歩後進させるには数直線を使います。ドリブルさせてシュートを打たせる場合は直線の方程式に基づくプログラムを組まなければなりません。「ロボットを動かそうと思ったら、このような数学の数直線や座標系の知識が必要だよ」と最初に言ってくれれば高校時代にもっと熱心に勉強したのに、とよく思いました(笑)
―好きなことを追求していたら、自然とさまざまな知識を吸収していったんですね。
そうした経験もあり、いま学生にロボット数学を教える時は、例えばサッカーロボットにドリブル、パス、シュートを実行させるためにどのような知識が必要なのか。そして、座標で動きを制御するロボットが実際に工場で荷物を運んでいる様子などを語り、少しでもロボットや数学を好きになってくれるように努めています。
好きなことを楽しく学んで自分の得意分野に変え、ゆくゆくはプロとして仕事に取り組んでほしい。それが私の願いであり、「CLARK NEXT Tokyo」が目指していることです。
―保護者の方の中には、「好きなこと1つだけをさせて良いのだろうか…?」と悩んでいる方もいるかもしれません。
好きなこと1つだけをやっていて良いんです。「百芸に名人なし」という言葉もありますが、器用貧乏になるよりは一芸を磨いた方が良い。その理由は、社会に出ての評価される点は他人より秀でている部分だからです。「この人はこの部分に優れているから、この仕事を頼もう」となる。
実は、これは東大で教える中でいつも頭を悩ませていたことでした。 東大に入学した学生たちは、いわば受験戦争を勝ち抜いてきた子たちです。しかし、受験を制するには「不得意科目をつくらないように」と指導されているということで苦手なことを克服する力や、効率良く勉強する力を養うのですが、得意なことをさらに時間をかけて伸ばす術を養うことに熱心にならないのです。 「不得意な部分は捨てて良い」「徹底的に無駄を楽しもう」と研究室で話しても、すでに身に付いてしまったものはなかなか変えられない。それでは、世の中を変えるような新しいアイデアは生まれません。
今後、科学技術の進化はさらに加速していきます。そんな時代に新しい価値を生むような人材を育てるには、「大学ではもう遅い」というのが私の実感です。 だから高校生のうちにとことん好きなことを追求し、得意分野で社会にチャレンジしてほしいんです。

2.情報化時代の「読み書きそろばん」とは?
―今後、新しい価値とはどのように生まれるのでしょうか?
いまは科学技術の組み合わせが価値を生む時代です。電話と無線技術を組み合わせて携帯電話ができ、携帯電話とインターネットがスマートフォンをつくりました。そして、スマートフォンとさまざまな技術が新しいサービスをつぎつぎに生んでいます。 このような“組み合わせ価値”の時代では、より多くの人が知恵を出し合い、いろいろな組み合わせにトライすることが重要です。1人より1,000人の方が成功率は飛躍的に上がります。
同時に、若い人の柔軟で斬新なアイデアも必要です。組み合わせ価値の時代は進化のスピードがとにかく早い。過去の成功体験に囚われるようでは、世の中に新しい価値を提供することはできないでしょう。学んだこともすぐに古くなるので、最新技術を学び続ける姿勢も大切です。
―「CLARK NEXT Tokyo」では、全コースでプログラミングを学習します。これも、世の中を変えるような人材を輩出するためのカリキュラムですか?
昔は、学校で読み書きそろばんを習いました。では、“情報化時代の読み書きそろばん“は何かと考えると、“読み”は検索スキルと英語、“書き”はプログラミング、“そろばん”が数学です。
詳しく説明すると、誰もがインターネットを使うようになり、日々膨大な情報に触れています。しかし、情報は玉石混交。真偽を見分けるスキルを習得しなければなりません。英語は大事です。 そして、世界の重要な情報はすべて英語で記されています。私も論文を発表する際はまず英語で書き、それから和訳します。同じようにフランスの科学者も英語で発表します。日本語しかできなければ、フランスの学者の主張はわかりません。 「なぜ英語で書かなければいけないんだ。アメリカ人の都合に合わせているだけじゃないか」と反発した時期もありましたが、結局、世界中で通じるのは英語だけなんです。英語を読めれば、より重要な情報を掴むことができます。
次に、情報技術を表現する手段がプログラミングです。Webも、アプリも、ゲームも、ロボットも、すべてプログラムで稼働し、制御されています。プログラミングを学べばデジタル分野でできることが飛躍的に広がりますし、自分の力で将来を切り拓くには大いに役立つスキルです。
最後に、数学。テクノロジーを扱うなら、やはり避けては通れない科目と言えるでしょう。

3.社会実装教育で「失われた30年」からの逆襲を目指す。
―「CLARK NEXT Tokyo」の生徒たちが何を重点的に学ぶかはわかりました。“学び方”にも特徴があれば教えてください。
日本は「技術で勝って産業化で負ける」という状態が長らく続いています。新しい技術を生み出しても、事業につながらなければ社会に活かすことはできません。「CLARK NEXT Tokyo」では、社会実装教育を行うことで高校生のうちから技術の社会実装、つまりビジネスをも意識したモノづくりに取り組んでもらう予定です。
まず、世界の主流でもある“プロジェクト型授業”により、1人ひとりが自分の役割を持ち、チームでゲームづくりやロボットづくりといったミッションに挑みます。チームで行うのは、①グランドデザインを描く、②ビジネスモデルを考える、③新しい切り口での技術開発、④製品化、⑤社会への導入、⑥評価とフィードバック、⑦改善、⑧法規制や安全に関する活動といった一連の流れすべてです。ゲームをつくったら近隣の小学生に遊んでもらい、評価を得て改善を図りながらより良いゲームを目指していく。 この工程を踏めば、「どのようなゲームならプレイしてもらえるのか」といったユーザニーズをはじめ、コストや教育効果を自然と考えるようになる。これは企業における商品企画そのものです。 メリットは他にもあり、本当のビジネスではなく教育なのでいくら失敗しても良い。むしろ何度も失敗を重ね、「なぜうまくいかないのか」と試行錯誤することが生徒の成長につながるはずです。
―プロジェクト型授業と社会実装教育により、高校生のうちから技術の社会実装を見据えた技術開発に取り組める、というわけですね。
日本には技術力を武器に世界のモノづくりを主導してきた時代があります。しかし、バブル崩壊後の“失われた30年”でGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)をはじめとするIT企業に覇権を譲りました。 ただ、1980年に産業ロボットが誕生してから約20年間、日本は世界にある90%~70%もの産業ロボットを作り、使い続けてきたんです。技術は磨かれ、いまや産業ロボット大国になっている。この事実は、「日本には技術を熟成させる力がある」ということを示しています。
これから世の中は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させ、経済の発展と社会の課題解決を両立させる“Society 5.0”へと移行します。 IoTやAI、ロボットなど、テクノロジーを活かすことの難しさは、現場にあります。そこでは使い勝手など感性も含めた技術開発が求められる。サイバーフィジカルの時代になれば、技術熟成力に長けた日本が勝てる道も見えてくるはずです。
そのためにも、講義中心ではなくプロジェクト中心の授業を展開し、世の中に新しい価値を提供できる人材を育てることに力を注ぎたいと考えています。次の30年を、日本にとって“逆襲の30年”とするために。
―生徒1人ひとりが好きなことを貫ける環境をつくり、サイバーフィジカルの時代に新しい価値を提供できる人材を育成する。「CLARK NEXT Tokyo」ならば、それができるということですね。佐藤先生の情熱は、きっと多くの生徒と保護者に伝わると思います。本日はありがとうございました!